e-Residencyは「ラップトップから会社を経営できる」と売り込んだ。それでも残る10本の電話の話
エストニアのe-Residencyの公式の売り文句は、会社の設立も契約も申告も銀行手続きも、すべてオンラインで完結する、というものだ。アジアの机からOÜを数年運用してきた身として正直に書くと、誰も警告してくれない地味な電話のスタックが、確かに存在する。出会う順番にだいたい並べると、おそらくこうなる。
私がエストニアのe-Residentになったのは2018年だ。公式サイトは「会社を100%オンラインで設立・運営・成長させられる」と書いていて、マーケティング資料で示したデータとしてはおおむね本当だった。Tallinnに足を運んだことは一度もない(少なくとも最初の頃は。これについては後述する)。e-Residencyカードですべてに署名した。書類は東京の机から出した。いまやe-Residentは13万5000人を超え、3万8500社以上が設立されている。私たちはだいたい同じ約束で登録している。
そのマーケティング資料が触れていないのは、「100%オンライン」は書類の話だ、ということだ。書類のまわりを支える運用の接着剤は、いまだに電話網ににじみ出している。にじみ出るのはたいてい発信側で、たいてい自分がダイヤルする側だ。
これはe-Residencyへの不満ではない。看板に書いてある通りのことを、プログラムはちゃんとやっている。明日もう一度登録するか、と聞かれれば登録する。ただし、これから申請しようとしている人、あるいは一年経って毎月の電話料金が急に項目化したことを不思議に思っている人がいるなら、パンフレットには載っていないのはこちらの話だ。
世界のどこからでも働くエストニアのノマドe-Residentとしての日々の業務で、かけることになるかもしれない10本の電話のリストを以下にまとめた。
銀行と決済
1. 銀行の本人確認回線。アルゴリズムにフラグを立てられたとき。
遅かれ早かれ、LHV・Wise・Payoneerのリスクモデルが、あなたの取引パターンを「なんか変」だと判定する。チャットで済むこともある。だが「確認のためお電話ください」になることもある。電話自体は短い。メニューはたいていエストニア語か英語。逃げ道はなく、ダイヤルするしかない。
LHVのメインのサポート番号は+372 680 0400だ。一般窓口は24時間つながるが、コンプライアンス絡みを実際に動かせる専門スタッフはEETの営業時間で働いている。東京から見れば自分の夕方から深夜、ニューヨークから見れば早朝になる。
2. Stripeのサポート。入金が保留されたとき。
Stripeはプロダクトの明るい側では非常に優秀だ。一方、大口の入金がリスクレビューを引き起こした瞬間からは、急に立ち回りが鈍くなる。動く突破口は、メールスレッドで待つことではなく、ダッシュボード内からコールバックをリクエストすることだ。私は過去に2回経験した。どちらも一本の電話で片付いた。それまで何週間か続けたメールのラリーは何ひとつ解決していなかった。
3. カード発行会社。旅行中にカードが止まったとき。
Wiseは少しでも怪しい挙動を検知するとカードを凍結する。旅をしているとほぼ週次でこれが起きる。ログインできていればチャットで早い。ログインできなくなった瞬間から、リージョン別のサポート番号にダイヤルする話になる(US:+1 888 908 3833、UK:+44 203 695 0999、SG:+65 3158 3259)。そして「リージョン」という言葉は、Wiseが回線を持っていない第四の国にあなたが座っているとき、かなり強い意味を持ちはじめる。
税務とコンプライアンス
4. EMTA(エストニア税関税務局)。TSDやVATの質問。
EMTAの法人向け窓口は+372 880 0812だ。メニューはエストニア語、頼めば中の人は英語で応じてくれる。TSDやVATの質問はたいてい電話で5分で片付く。同じ質問を書面でやると、1週間と3往復のやりとりに化ける。書面を読む人と即答できた人が、別人だからだ。
5. 会計士、あるいはバーチャルオフィス事業者。EETの営業時間内に。
e-Residentのほとんどは、Tallinnの会計士をパッケージで抱えている。会計士はEETで働く。あなたはおそらくそうではない。本当に急ぎの案件(申告漏れ・TSDの欠落行・税務上の居住地の質問)が出たとき、3日ではなく12分で片付く同期チャネルは電話だ。
6. あなたの居住国の税務署。
これが誰も語らない一本だ。たとえばアメリカに住みながらエストニアOÜを運用している場合、世界所得への課税の優先権は居住国にあり、エストニアは源泉国の側になる。エストニア税務当局も明確に書いているとおり、e-Residentはエストニアの税務居住者ではなく、最初に課税権を取りに来るのは居住国の側だ。誰が何を課税するか、二国間租税条約をどう適用するかを整理する作業は、初年度のどこかで必ず居住国の税務署に電話することになる。私の場合は日本の国税庁に、日本語で、だった。
クライアントとベンダー
7. 固定電話しか公開していないプロスペクト。
私がLaLoka Labsを運用しているなかで、e-Residencyの上でB2Bビジネスを立ち上げている創業者たちから最も一貫して聞くフィードバックは、ヨーロッパの中堅・中小の顧客はいまだに固定電話をメイン番号として公開している、というものだ。最初の会話を持ちたければ、その番号を回す。彼らはLinkedInにはいない。見ず知らずの相手のCalendlyにも応じない。チャネルは電話で、向こう側にアプリは存在しない。
8. 入金遅延の催促。
未払い請求書のリマインダーにおいて、メールと電話のあいだに大きな差があることはよく知られている。メールは無視され、電話は払われる。一本目は気まずい。二本目以降はどんどん楽になる。私の帳簿上、「3回メールしました」と「1回電話したらその日の午後に振り込まれました」の比率は、電話側に対しておよそ5対1になっている。
9. あなたのTallinnの住所を確認したい外国ベンダー。
銀行・決済代行・そして驚くほど多くのB2B SaaSベンダーは、アカウントを有効化する前に、登記住所として届け出ている番号に電話をかけてくる。出るのはTallinnのバーチャルオフィス会社で、あなたではない。だが、たまにそのベンダーが「ご本人に直接ご確認いただきたい」と言い出すと、自分のオフィスに電話をかけたベンダーが本当に自分なのかを、自分の側からTallinnに電話してオフィスに確認させることになる。プロトコルは間抜けだが、それでもプロトコルは電話を要求する。
単発もの
10. 公証人。リモート公証のスロット予約。
エストニアのe-Notaryシステムは、結婚や離婚を除くほぼすべての公証行為をビデオ越しに完結させられる。昨年末時点で、e-Residentによる公証行為の約91%がe-Notary経由になっている。予約には公証人事務所に電話してスロットを取る。e-Residencyの「できの良さ」を理由に発生している、このリストで唯一の電話だ。
パターン
10本を見返す。共通点に気づく。
- すべて発信だ。「顧客からの着信に応じる」は一本もない。誰もあなたに電話してこない。着信側のリストもあるが、それはまた別の日の別の記事で書く。
- すべてまれだ。1日に5回ではない。1四半期に5回、それも予定の組めない不規則さでだ。
- すべて自分で起こす。サポートキューが空いたとき、ではなく、自分が必要なときに鳴らす。
この組み合わせは、ふつうの携帯電話プランの形と構造的に合わない。月額バンドル付きのSIMは、着信常時待機と頻繁な発信おしゃべりのために最適化されたツールだ。あなたがやっているのはその逆の形だ。発信・たまに・自分のタイミングで・今月たまたまいる国から。
その形に合うのは、SIMなし・サブスクなしのブラウザベース、従量課金の通話だ。タブを開く、ダイヤルする、切る、タブを閉じる。発信した日のコストは数セント。発信しなかった日のコストはゼロだ。
これが、私がPuchiDenを作った理由だ。作った経緯はこちらに書いた。要するに、まさにこの形の仕事のために設計された「インターネットの公衆電話」が欲しかった。アプリなし、アカウントなし、サブスクなし。SIMが視界に入らないホテルのラップトップからかけられる。それがすべてだ。
e-Residencyのパンフレットはこれからも「すべてオンライン」と言い続ける。だいたいは本当だ。本当でない10本のために、ちゃんとした道具をタブにひとつ用意しておくほうがいい。