「どこにも属さない」と感じるのは、あなただけじゃない。海外在住日本人のアイデンティティの話
ノマド・ライフ

「どこにも属さない」と感じるのは、あなただけじゃない。海外在住日本人のアイデンティティの話

海外在住の日本人が抱える「アイデンティティの揺らぎ」。TCK(サードカルチャーキッズ)の概念を通じて、自分の居場所を再定義する方法を探る。マレーシアで子育てをする日本人の母が直面した、日本語教育の悩みとともに紹介します。

イクバル・アバドゥラ 著者 イクバル・アバドゥラ

PuchiDenは、おかげさまで海外在住の日本人のお客様にたくさんご利用いただいています。 海外にいても日本の銀行や役所、保険会社に電話をかけなければならない。 そんな場面でPuchiDenを使ってくださる方の中には、日本と海外の間で日々揺れ動く人が少なくありません。

私たちは、そんな皆様がどのようなお悩みをお持ちなのか、と考えました。 そして応援の気持ちで、それをテーマにして参考にできる記事を書いてみました。

この記事では、海外在住日本人が抱える「アイデンティティの揺らぎ」に名前をつけます。 そして、それがかならずしも悪いことではないことを一緒に確かめていきたいと思います。

TCK(サードカルチャーキッズ)とは何か

TCKとは、Third Culture Kids(サードカルチャーキッズ)の略です。 アメリカの社会学者ルース・ヴァン・レーケンが1960年代に提唱した概念です。

簡単に言えば、子どもの頃に親の母国と異なる文化で育った人のことです。 両親の文化(第一文化)でもなく、育った国の文化(第二文化)でもない、自分だけの「第三の文化」を持つ人です。

研究者の定義はこうです。 「あらゆる文化と関係を結ぶが、どの文化も完全に自分のものではない。」

この定義を読んで、胸がざわついた人は、あなたがTCKの可能性があります。

「日本人らしくない」と言われる痛み

TCKの人によく聞く体験があります。

海外にいるときは、当然「日本人」として見られます。 黒髪、黄色い皮膚、日本語を話す。 周囲からは「日本人」のレッテルが貼られます。

でも、日本に帰ると違います。

「あなた、日本人らしくないよね。」 この一言が、何度も何度も飛んできます。 日本の「常識」がわからない。 ラジオ体操の話に間に合わない。 登下校の文化が想像できない。 時間感覚が違う。

小さな違和感が、積み重なって大きな壁に見えます。

ある女性は、ヨーロッパに住んでいた頃、鏡を見るたびに「自分の顔が平べったくてアジア人だ」と思っていたそうです。 でも日本に帰って日本人に囲まれると、鏡の自分の顔が「すごくガイジンに見えた」と言いました。

外見が同じ場所でも、中身が違う。 中身が同じ場所でも、外見が違う。 このギャップが、TCKの日常です。

言語の葛藤

TCKにとって、言語はアイデンティティの核心です。

「日本語は母語なのに、同世代の日本人ほど使いこなせない。」 「英語も、英語圏の人ほど上手くない。」 「これ、日本語でなんて言うんだっけ?」

2つの言語が、頭の中でごっちゃ混ぜになります。 バイリンガルなのか、それとも中途半端なセミリンガルなのか。 この問いは、20代、30代を過ぎても消えません。

でも、言語研究者は言います。 「話せるかどうかより、その言語を使う姿勢で受け入れられるかどうかが重要だ。」

完璧な文法を目指すより、相手に伝えたい気持ちを持つこと。 それが、TCKの言語力の本質です。

マレーシアのあるお母さんの話

この記事の原稿は、実は実際にお客様の一人にレビューをお願いしました。 マレーシア北部の在住の日本人で、男の子を育てているお母さんです。 ここでは彼女を「ケイコさん」と呼ばせていただきます。

彼女の息子さんは現在2歳1ヶ月です。 そして、彼女はまさに、自分の子供がTCKになっていく現場に直面していました。 ケイコさんから届いたメッセージを、そのままの言葉で紹介します。

「『ABCDEFG...』は完璧!でも、『あいうえお』はまだ知らない。と最近ハッとしました。」

ケイコさんの息子さんは、発語がゆっくりのほうだそうです。 この月齢の子供は、一般的に2語を話し始めると言われています。 「パン、食べたい」のような言葉です。 でも、息子さんにはまだそれがありません。

かかりつけのドクターからは、こう言われました。 英語とマレー語と日本語が混ざっていることが、言語が遅れることに関係している可能性がある。 3歳になっても2語を話さないなら、「言語遅延」と診断する。今のところは様子見でいい、と。

ここまでは、よくある話かもしれません。 でもケイコさんの本当の発見は、次の一文でした。

「息子は日本人であるにも関わらず、『将来は日本語もちゃんと読み・書き・話しができてほしい!』と悩んでいることに気づきました。 生まれてからは、英語ペラペラになってほしい!とばかり思っていました。でも今考えると、この生活を続けていると日本語は上達しない。両親が教えない限り。」

そして、こう続けます。

「マレーシアで日本語学校に通う??それなら日本で良くないか?と、彼の進路にすごく悩んでいます。」

英語を身につけさせたいと願っていたのに、気がつけば日本語を守ることに悩んでいる。 この反転こそが、海外で子育てをする親の姿そのものです。

言語は、一つ取ればもう一つが遠のくゼロサムゲームではありません。 でも、親が意識的に育てなければ、家庭の中の日本語は確かに細っていきます。 ひらがな、カタカナ、漢字。読み、書き、話し。 どれか一つでも欠ければ、「日本人の子」として育てたい気持ちとはズレが生まれます。

ケイコさんの息子さんは、まだ2歳1ヶ月です。 「TCKになりつつある」という状態ですらありません。 TCKとして生きていく、その入り口に立っています。

帰国後の逆カルチャーショック

海外から日本に帰ったとき、多くのTCKは「逆カルチャーショック」を経験します。

「帰国したら、日本が別の国に見えた。」 これは、知恵袋やブログに何度も登場する言葉です。

日本の「常識」が、常識に見えない。 古い慣習を疑問も持たずに続けることに違和感を覚える。 「意見を言っている」と受け取られる。 「話し出したらキリがない」と思われる。

これらは、批判ではありません。 ただ、違うレンズで世界を見ているだけです。

ある男性は、日本に就職して「ラジオ体操」に衝撃を受けました。 「日本人の規律正しさに驚いた。でも、古くなったものを変えずに、疑問も持たず続けていることに違和感があった。」

この違和感は、TCKにとって「正常な反応」です。

「私は私、ふるさとは世界」

20年弱かけて、ある女性は自分の落としどころを見つけました。

「私は私。ふるさとは世界。」

彼女の結論はこうです。 人は、国籍によってすべてが規定されるほど単純な存在ではない。 自分が何者であるかを形作っているのは、人生を通じた体験の積み重ねです。

「普通の日本人」というものは、幻想に過ぎません。 日本の中にも、地域的な多様性があります。 「普通」に自分を当てはめる作業は、ナンセンスです。

ふるさとを、自分が一定期間過ごして愛着を持っている場所だと捉えれば、「ふるさとが沢山ある」のは豊かなことです。 どこの国に行っても、友達の出身国や友達が今住んでいる国が身近に感じる。 世界全体がいとおしい。

この気持ちを、彼女は「ふるさとは世界」と呼びました。

TCKの強み

TCKの生活には、苦しい面と、強みの面があります。

苦しい面 強み
自分はどこに属しているのかと迷う 柔軟性がある
どちらか一つを選べない 多文化理解が自然にできる
周囲からの違和感・レッテル貼り 環境の変化に適応しやすい
ルーツがなく、「ホーム」がどこでもありどこにもない あらゆる文化の人々と関われる
長期的なコミットメントができない 革新的なアイディアを生み出しやすい
別れに冷たく見える 共感力・異文化間コンピテンシーが高い

TCKの人は、知らないうちに「文化的カメレオン」になっています。 集団によって、自然と行動や話し方を使い分ける。 これは、社会的スキルではなく、生きる術として身についたものです。

子育て中の親へ

TCKの話をすると、子育て中の親からよ届く声があります。

「私の子供も、TCKになりつつあるのではないか。」

ケイコさんも、その一人です。 親と子供の海外体験は、微妙に一致しません。 親には理解できないことが、兄弟姉妹で共有されています。

ケイコさんの言葉からもわかるように、親は「英語を身につけさせたい」と「日本語も失わせたくない」の間で揺れます。 2歳の子供の言葉の遅れに、言語環境が関係しているかもしれないと聞けば、それは不安になります。 日本語学校に通わせるべきか。いっそ日本に戻るべきか。 正解はありません。

大事なのは、親がストレスを感じすぎないことでしょうか。 子供がマルチカルチャーを自然に受け入れるかどうかは、親の対応一つで変わります。 「欠けているところ」を探すのではなく、複雑なアイデンティティをポジティブに見る。 それが、子供に与えられる最高の贈り物だと思います。

そしてもう一つ。 親にとっての「日本語を守る」とは、実は「日本との接点を守る」ことでもあります。 週に1回、ひらがなの練習をする。日本の絵本を読み聞かせる。祖父母と電話で話させる。 大きなことではなく、小さな接点の積み重ねが、子供の中の日本語を守ります。

どこにいても、自分の居場所を持つ

海外在住の日本人にとって、日常には「電話をかける場面」が多くあります。 日本の銀行に確認の電話。 役所への問い合わせ。 保険会社への連絡。 あと一番大事かもしれないのが、LINEを使ってない家族との電話会話。

これらは、海外にいても避けられない日本との接点です。 PuchiDenは、その日常を少しだけ楽にしたいと思っています。

でも、私たちが本当に伝えたいのは、もっとシンプルなことです。

どこにいても、あなたはあなたのままでいい。 「どこにも属さない」と感じるのは、あなただけじゃない。 その揺らぎこそが、あなたの強みです。


参考リンク

最終更新日: 2026年8月31日

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